神棚を用意する。札宮(宮形)の種類は一社・三社・五社(扉の數と思って良い)や建物や屋根の形狀や細工の違いなどで多種あるが、どれを選んでも恩惠など何かが變わるわけではない。基本的には置き場所の廣さや部屋の雰圍氣に合うものなどの好みで選擇することになる。小型の札宮や枠のあるお札立を購入する際は御札を納める空閒のサイズが十分であるかだけは氣にかけたい。
札宮やお札立が小型のものでも神棚全體としては意外と大きな空閒を必要とする。
なお、棚はあるが札宮やお札立は使わない、または神棚を使用しない御札だけの祀り方も普通にあるし、それで問題があるわけではない。
御札をいただく。
基本的には伊勢神宮から「天照皇大神宮」と書かれた「神宮大麻」と呼ばれる御札、または出雲大社の「出雲大社御玉串」と書かれた「御玉串」と呼ばれる御札、またはその兩方。さらに家の地域(廣域)の氏神神社の御札や家でお世話になっている崇敬神社の御札などを納めることも。
小型の一社造りの札宮なら神宮大麻だけ、または御玉串だけということが多いよう。
御札を戴いた時に御札を包んである汚れ防止の薄紙は剥がしても剥がさなくてもどちらでも構わない。御札を札宮に納めず剥き出しでお祀りする場合は汚れるのがいやなら薄紙で包んだままにするというのも一つの考え方だろう。
御札の祀り方(札宮への納め方)については神宮本廳のウェブサイトにわかりやすい說明がある。
御札には有效期限があるわけではなく每年必ず交換しなければならないものではないが、交換するならなるべく十二月になってから年末二十八日までに新しい御札にする。交換當日は神棚の札宮・お札立をお下げして御札を取り出し神社で古札納所にお返しする。新しい御札をいただき札宮・お札立に納めて棚に上げる。地域によっては勝手に御札が屆けられることがあるが、同じく年末までに交換し古い御札は粗雜に扱わず神社にお返しする。古札を納める神社はいただいた神社と異なっても構わない。
神棚の神具は一通り取り揃えても安いものもあるが、必須ではない。白い小さな皿が幾つかと小甁があればよい。神棚があるなら兩脇の榊だけは神域との境の意味があるので人造であっても用意した方が良いだろう。
神道は神人共食なので、お供えした米・鹽・酒・その他の食物などの神撰は下げてから捨てるのではなく食べる。したがって、お下がりを戴くことを前提としたお供えを行う。鹽は少量をお供えすれば餘って困ることがない。時閒を置いたら傷む、食べたくなくなるものであればお供えして數分で下げてしまえばよい。水は下げても飮用しないが、やはり捨てないで鉢植えなどに使う。
神棚では御札をお祀りするので、そこにあるのは御璽(伊勢神宮は大御璽)であって御神體・御分靈は無いものの小さな神社と考えてよい。
よって、神拜詞は神社と基本的には同じ。
畧祓詞
祓え給え
淸め給え
神前に進む前に、時閒がなければ畧祓詞を讀む。
禊祓詞
高天原に神畱坐す 神魯岐神魯美の命以て 皇御祖神伊邪那岐命 筑紫の日向の橘の小戶の阿波岐原に 御禊祓ひ給ひし時に生れ坐る祓戶の大神等 諸の枉事 罪 穢れを祓ひ給へ淸め給へと申す事の由を 天津神國津神八百萬の神等共に 天の斑駒の耳振り立てて聞食せと 恐み恐み白す
一分でも時閒があるなら畧祓詞よりは禊祓詞を讀みたいところ。
畧拜詞
祓え給え
淸め給え
守り給え
幸え給え
神前に進んでから讀む。(時閒がないとき)
特段に神前で誓うことがなければ普段にお願いするであろう内容が含まれる畧拜詞を讀むだけで十分である。
神棚拜詞
此の神牀に坐す 掛けまくも畏こき 天照大御神 產土大神等の大前を拜み奉りて 恐み恐み白さく
大神等の廣き厚き御惠みを辱み奉り 高き尊き神敎へのまにまに 直き正しき眞心以て 誠の道に違ふことなく 負ひ持つ業に勵ましめ給ひ 家門高く 身健やかに 世のため人のために盡くさしめ給へと 恐み恐みも白す
每日神棚の前で讀む。神への感謝を捧げるとともに本日を眞面目に生き家族の健康と世の中の役に立つことを祈る内容。