古事記 下巻 第三十二代 崇峻天皇

長谷部若雀天皇はつせべのわかさざきのすめらみこと坐倉椅柴垣宮くらはしのしばかきのみやにまし治天下肆歲あめのしたをおさむることよとせ御陵在倉椅岡上也みささぎくらはしのおかのへにあるなり

長谷部若雀はつせべのわかさざきの天皇、第三十二代崇峻天皇すしゅんてんのう倉椅くらはし柴垣宮しばかきのみやで天下を治められること四年でした。御陵は倉椅岡上くらはしのおかのへにございます。

古事記には僅か四句しか書かれていないが、崇峻天皇は用明天皇の弟で、卽位前は泊瀨部皇子はつせべのみこと稱した。
蘇我馬子の思惑で卽位し、蘇我馬子の思惑で暗殺された。
倉椅は奈良縣櫻井市倉橋。

倉梯岡陵くらはしのおかのみささぎ